今まで受取ったメッセージの中で、強く印象に残っているのは
『起こる事は全て必要があって起こっています。試練とも呼ばれる様な辛い出来事だとしても必要があって起こっています。起こる事柄自体に意味はありませんが、起こった事を体験する事により魂や心の成長が促される事になります。必要があって起きる事なので、試練とも言われる事柄で乗り越える事が出来ない物はありませんので、試練と呼ばれる様な事柄であっても、前向きに考え取り組んで下さい。全ては魂が望んでいる成長のための計画です。』です。補足するとすれば、試練と呼ばれる事柄は、心や魂の成長のために必要で起きていて(魂自体が望んでいる事)、乗り越える毎に心や魂は成長して光り輝く事ができる様になるそうです。
試練に直面すると不要な観念や固定概念・常識によって強く不快感を感じたり辛さを感じる事になりますが、この試練を乗り越えて行くためには不要な考えを取り除いてゆく事が必要となります。
そして、不要な考えを取り除いてゆくためには、内観(自分の心を見つめなおし、心と対話をする)をして行くしか方法は無いのだと思います。この内観を手助けするのが瞑想であると考えています。
『試練と呼ばれる事柄は、心や魂の成長のために必要で起きている。』についての私の認識では、不要な観念や固定概念・常識を解消するために魂の望みとして試練が引き寄せられて来ている。と考えています。
正しい考え方に変わって行く(不要な考え方が解消される)と共に試練の質も徐々に変わって行き、最終的には豊かな・幸せな・穏やかさを迎え入れる事が出来る様になると信じています。
輪廻転生という概念も伴うので、途方もない歳月をかけて達成して行くことになるのだろうとも理解しています。
しかし、現代の中でも取り組みによって、心の穏やかさは実現して行きますし、生きやすい考え方を持つ事も出来る様になってきます。これについては実体験をもとにして保証することができます。
苦しさや辛いと感じる事が内観を通じて伴ってくる場合もあるのですが、比較的簡単に考え方を変えてゆく事が出来る事柄も多いと思いますので、出来る所から恐れずに取り組んでいただきたいと思います。
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